8th Day 「足摺の出会い」

9月21日

6:30起床。

親戚のおばあさんはもう起きておられて朝食の準備をしていただいた。そういえばちゃんとした朝食を食べるのは何日ぶりだろう。ずっとコンビニのパンとかゼリーで済ませてたからなぁ。朝は苦手でいつもはあんまり食欲出ないんよね。ホントは毎日あれだけの道のりを走ってるわけやから、朝食はちゃんと取らんといけないのは十分わかってるんやけど。今日はせっかく準備してくれているので朝からたらふくいただくことにしよう。ご飯と味噌汁2杯ずつご馳走に。

寝かせてもらった布団をたたみ、荷物をまとめているとおばあさんが、お昼に食べなということでお弁当を買ってきてくれた。しかも僕の大好きな餡子餅まで。一晩泊めていただいただけでも感謝の気持ちでいっぱいなのに、ほんとに申し訳ない。ありがたくいただくことに。一晩のお礼を言って7:15出発。

最後の清流・四万十川。
昨日近所の方に近道を教えていただいたが、結構入り組んでいる道のようで正直ちゃんと辿り着く自信がなかったので無難を期してに昨日と同様R56を西へ。50分近く走ったくらいに大きな川に出くわす。四万十川だ。196kmに及ぶ長さを持ち、「日本最後の清流」の異名を誇る、吉野川と並んで四国を代表する大河川。ここは河口に近いから「清流」っていう感じはしなかったけど、もうちょっと上流に行けばもっと風光明媚な姿が拝めるのかも。あ、でも水はやっぱりきれいな感じがした。今回はさすがに山のほうまで寄り道する余裕がないので、いつになるかわかんらんけど一生のうちに1回は行っときたいポイントやね。何つっても「最後の清流」やし。

四万十川を越えて左折し、R56からR321へ進入。四万十川沿いを南へ走る。土手の上の道路は路側帯が狭く危険だ。一段下に小さい道路があり、こちらの方が交通量が少なく安全。でもやっぱり川沿い、風が強い。一本道だけに平地でも向かい風はきついな〜。

中村市の大文字山。
初崎分岐を超えると右手に小さな山が。山肌には大きく「大」の文字が。京都の大文字は有名だがこんなところにも大文字山が。多分京都のよりは小さいんだろうけど、かなり至近距離で見ることができそう。迫力は本家・京都並だろうか。後で調べたら毎年旧暦7月16日に送り火を行っているらしく、中村市は「土佐の小京都」とも呼ばれているそうだ。訪れた各土地の文化を知るきっかけにもなる、改めて遍路旅とはいいものだ。バイクや車では見落としていたかもしれない。自転車でのまったり遍路ならではなのかもしれないな。

中村と土佐清水の市境である伊豆田トンネルは激長。全長1,620m。歩道はちゃんと付いているけど若干狭い。ガードレールとかで分離されてればいいんやけど1段高くなってるだけなので落ちないかちょっと怖い。トンネル内はもちろんライトが付いているが、間隔が開いてるところがあって、しばらく真っ暗の状態になる。車が通ってれば車のライトで見えるんやけど、通り過ぎたらホンマに真っ暗に。これは危険だと思って、自転車のライト点けようとしたら、ぜんぜん点かない。どうやら5日目の雨でライトの中の電池が死んでしまったようだ。もうどうしようもない。真っ暗な中自転車こいでみると平衡感覚がなくなって、真っ直ぐ走ってるのかどうかもわからん。歩道から落ちそうになって危険すぎ。結局シャレにならんぐらい危ないので暗闇は壁伝いに自転車を押していくことに。なんだかんだでトンネル脱出に7分ぐらいかかった。

やっとの思いで伊豆田トンネルを脱出し、すぐの休憩所でドリンクを購入。トンネル脱出の開放感から油断して自転車から降りて自販機に近づいたとき、背後でガシャン!という嫌な音が。なんと自転車が転倒してしまった。無駄に重い荷物をくくりつけているだけにダメージが心配で起こしてみたが外傷はなく何とか大丈夫っぽい。しばらく休憩し、気合を入れなおす。しかし自転車に乗って、さあいくぞと思いペダルをこぐと「カラカラカラカラ…」。さっきの100倍嫌な音が聞こえる…というか前に進まない…。やっぱりさっきの衝撃でチェーンが外れてしまってる。自慢じゃないが今まで外れたチェーンを自分で直したことなんてない。旅出発前から最も恐れていた事態に出くわしてしまった。しかもまったく無駄な展開で。パンクとチェーン外れさえなければ何とかなると思ってたが…。さらにここはトンネルを抜けたばかりの山の中。当然自転車屋なんてないわけで、もう頼れるのは自分しかいないわけで。プチパニックになり、最悪ここでのリタイアも考えながら修理にかかる。変速のギアがいっぱいでごちゃごちゃ、まずどこをどうすればいいのかも全然わからん…。普通のママチャリでもやったことないのに、マウンテンバイクなんてわかるわけねーよ!とか愚痴りつつ、とりあえず、わからんいきにいじってみる。1分後…ん?あれ?直った?恐る恐るペダルをこいでみると、かすかに変な音が聞こえる気がするがバッチリ進む。なんだ、意外と簡単やな。チェーン直しの技術まで習得できるとは、遍路はいろんな人生経験を与えてくれる。再度気を取り直し出発。

引き続きR321を南下。軽いアップダウンが続く。急カーブを越え、窪津分岐にて近道の遍路道へ入っていく。山道だが勾配は緩やかと聞いていたのでショートカットだ。農作業をしているおばあちゃんに道を聞いて山中へ。しかししばらく行くと工事中の看板が。何々、「台風の影響でここから全面通行止め」…。え、行けないの…。脇に徒歩のお遍路用に遍路道はあるのだが、ワイルドな山道で、というか道なのかこれ?っていう道なき道のため自転車強行は不可能。残念ながら引き返し、清水市街地を経由して行くことに。でも工事中の看板に「歩き遍路さんはこちらの道へ」って案内が一緒に書かれてあるのを見て、あぁ四国っぽいって感じた。

坂を一気に下って足摺岬の付け根の所にある足摺黒潮市場に到着。こっから足摺岬の先端にある金剛福寺までは1時間程度。東回り、西回りのルートがある。どっちもあんまり変わらないらしいので往路は東回りを選択。緩やかだけど登りが続く。途中すれ違った歩きのおじさんに「もうちょっとすれば下りですよ〜」と言ってもらって頑張ってみるが、ひたすら登り坂。下りなんてあるのか?と思ってしまう程。途中鰹節工場があり、辺り一体鰹節のいい香りが漂っている。そういえばお腹すいたな…。岬に着いたら昼食にしよう。

岬へ向かう道の両側には亜熱帯性と思われる植物が生い茂っている。気温だけでなく視覚でもここが四国の南端であることを感じる。これだけ自然環境が異なれば、四国四県文化の違いが生まれるのも納得できる。

足摺岬展望台から眺める太平洋。絶景です。
ひたすら坂を上り続け、最後の最後に岬に通じる下り坂に。歩きの青年を追い抜きようやく四国最南端足摺岬に到着。三十八番のお参りの前に足摺岬の展望台へ。売店でカキ氷を買う。おっちゃんが持ってた器が小さかったので、あ、失敗したなって思ったら、盛るわ盛るわで高さ40cmぐらいのカキ氷をいただいた。まんが日本昔話に出てくるご飯並みのボリューム。皆さん、ここのカキ氷はお勧めです。でカキ氷を持って展望台へ。もうなんていうか、絶景。正直感動した。見渡す限りの海と空。周り270°ぐらい水平線が続いてる。改めて地球って丸かったんやなぁって感じることができる。天気予報が雨って言うとったから心配したけど、実際はド快晴。ホンマ晴れてくれてよかった。この景色見れただけでもこの旅来てよかったって思う。天気の神様に感謝ですわ。

管理人「和裕」。こんな格好で走ってました。
絶景を堪能しながらカキ氷を食べていると、同じく展望台に来ていた青年に出会う。話してみると僕と同い年。静岡から来て歩きで回っているとのこと。しばらくすると先ほどの下り坂で追い抜いた歩きの青年がやってきた。彼も僕らと同い年。3人とも大学4回生で、就職活動が一段落し、この旅に来たという同じ境遇だったので話も弾む。後から来た彼はほとんど野宿で回っているというわりに荷物がえらいコンパクトだ。何が入ってるのか聞いてみると、「えーっとねぇ、とりあえず寝袋と着替えとエロ本。この3つは必須だね」。足摺岬まで来てこんなバカトーク。不覚ながら3人で爆笑してしまった。

結局1時間ぐらい展望台で居座ってしまった。何でも2人は都合で今日で旅を区切って地元に戻らねばならないとのこと。2人とも来年から社会人になるので、次に来れるのはいつだろうなぁと言っていた。ここまで来たんなら少しずつの区切りでも、是非結願まで行ってもらいたい。お互いの無事といつの日かの結願を祈って、名刺代わりの納め札を交換した。思えば同い年の遍路3人がこの最南端の地で出会ったのもすごい偶然だ。もし途中で僕が道を間違えずにスムーズに来ていたらこの出会いはなかったわけだし。そう考えると、道を間違えたことは単なるタイムロスじゃなくて、それはそれでまた新たな出会いに通じるちょっとした回り道にすぎないのかなって。むしろその回り道のおかげで心に残る出会いがあれば、それは逆に尊重すべきタイムロスだよ。なんて自分に言い聞かせてみた。

先に出会った彼は三十八番の参拝は終えており、ここでお別れ。後から来た彼と一緒にすぐ先の三十八番へ。13:02八十八ヶ所中最南端の札所である三十八番札所金剛福寺到着。まず山門の大きさに圧倒されるが、境内も広く本堂・大師堂などの建造物も力強い佇まいだ。お参りを終え納経所に行くと、歩き遍路の人限定で金剛福寺オリジナルの手ぬぐいをいただいた。実は自転車遍路なんやけどもらってもよかったのかな…?

同い年の彼はここからバスに乗って帰るとのこと。いつかの再開を期してお別れ。今度は西回りルートで黒潮市場まで帰る。岬から出るとあまり景色が見えずちょっと残念。黒潮市場で今朝親戚の方からいただいた昼食をとる。お寿司と餡子餅。餡子の甘さが口の中どころか体中に広がる感じがした。おなかいっぱいだ。あまりにおいしかったので3個ほど残して晩飯のとき食べることにしよう。

ここから三十九番延光寺へ行くルートはこれまたいくつかあるのだが、最も無難なもと来た道をひき返すルートを選択。清水の町から、下ってきた坂を上っていく。疲れもたまってきていて上りがきつい。必死に自転車押して上っていると、横をバイクのライダーが親指たてて「ガンバレ」みたいな感じで走り去っていった(少なくとも僕はそう受け止めました…)。肉体的にも精神的にも結構いっぱいいっぱいの状況で、こういうささいな出来事がすごくモチベーションをあげてくれる。よし!がんばるぞ!

同じ道を戻るのでやっぱりあんまりおもしろくないが、R321を走りR56に合流。さぁこっからは一本道や!と思った矢先に左ひざに激痛が。初日から計算すると約600kmの道のりを走ってきただけに、ついに足が悲鳴をあげた。ペダルをこぐたびに、ひざにピキッという痛みが走り、左足に力が入らない。しょうがなく左手でひざを押し下げるようにしてペダルをこいでいくため、全然スピードを出すことができない。今日の宿までは、こっからまだ15km近くの距離が残っているのに…。

中村市から宿毛市へ入ると、どんどん日が傾いていく。ライトがつかない状況だけに暗くなる前には宿に辿り着きたい。と願っていたが、街から外れていくため街灯も少なく、一気に辺りは暗くなってしまう。なんとかほぼ真っ暗になった午後6時ごろ三十九番すぐ近くのアサヒ健康ランドに到着。ここは現在も営業していてくれたので一安心。早速お風呂に入って汗を流し、何より傷めた足を回復させねば。

風呂からあがり、近くのコンビニで夕飯とライト用の乾電池を購入。これでライトも復活。レストルームで疲れを癒す。そこに「ヒカルの碁」の最終巻があったので手に取る。ジャンプで最終話だけ見逃していたので読むことができてラッキー。その中で最終話はこういう言葉で締められていた。「遠い過去と遠い未来をつなぐために、そのためにオレ達はいるんだ、誰もが」。空海が遍路を開いて約1200年。想像できないような長い時間をはさんで僕は今、空海が歩いた道と同じ道を歩んでいる。このフレーズと自分の状況を照らし合わせてみると何とも感慨深い。過去から何百、何千万人の遍路が遍路の文化を今に引継ぎ、あんまり偉そうなことは言えないけど、自分もその中の一人として、将来へと遍路の文化をつなげいるんだなぁと。この旅を終えてからも、何らかの形で遍路の文化を守り、未来へ引き継いで行くことが大切かなって。

明日は朝一で三十九番を回って、長かった高知を脱出。第三の道場、愛媛に上陸だ。

10:30就寝。



  納経    300円(300円×1ヶ所)

  宿泊    1100円
  入浴    500円
  洗濯    なし
  移動    なし
  食事朝  0円(ごはん・味噌汁・サラダ)
      昼  0円(お弁当)
      晩  400円(そうめん・パン)
  その他  280円(乾電池)


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